「町田って東京都なの?神奈川県なの?」
町田市にお住まいの方であれば、一度は耳にしたことがあるかもしれません。
東京都町田市は神奈川県相模原市や横浜市に隣接しており、地理的にも神奈川県とのつながりが強い街です。
実は、そんな町田市には驚くべき歴史があります。
現在の町田市にあたる地域は、かつて本当に神奈川県に属していたのです。
今では大型商業施設が立ち並び、多くの人でにぎわう町田駅周辺ですが、昔から現在のような街だったわけではありません。
今回は、町田市を中心に不動産売買をお手伝いしている株式会社町田不動産が、町田市の歴史や街が発展してきた理由について詳しく解説します。
1.町田市は本当に神奈川県だった?
結論から申し上げると、町田市にあたる地域は明治時代、神奈川県に属していました。
現在の町田市を含む多摩地域の多くは、明治初期に神奈川県の管轄となっていました。
しかし、1893年(明治26年)に大きな転機が訪れます。
現在の町田市を含む三多摩地域が、神奈川県から東京府へ移管されたのです。
三多摩とは、西多摩・南多摩・北多摩の3つの地域を指します。
現在の町田市は、当時の南多摩郡に含まれていました。
移管の背景には、東京の水源管理や行政上の事情、当時の政治的な対立など、さまざまな要因がありました。
つまり、町田市が神奈川県に近いというだけではなく、歴史的にも神奈川県との深い関係があったのです。
ちなみに、1893年当時はまだ「町田市」ではなく、「町田村」などの町村が存在していた時代でした。
現在の町田市が誕生するのは、もう少し先のことになります。
2.昔の町田は「絹の道」で栄えた街だった
町田市が発展した理由を知るうえで欠かせないのが「絹の道」です。
江戸時代後期から明治時代にかけて、日本の重要な輸出品の一つが生糸でした。
生糸の集積地であった八王子方面から、海外貿易の拠点となった横浜港へ向かう道は、多くの商人や物資が行き交う重要な交通路でした。
その途中に位置していたのが、現在の町田市です。
町田は八王子と横浜を結ぶ中継地点として、人や物が集まる場所になっていきました。
特に現在の原町田周辺は、商業の拠点として発展していきます。
現在の町田駅周辺が買い物に便利な街として知られているのも、こうした歴史と無関係ではありません。
実は、町田は昔から人が集まり、商売が盛んな街だったのです。
3.町田駅周辺には昔から市場があった?
現在の町田駅周辺には、数多くの商業施設や飲食店、商店街が集まっています。
しかし、その商業都市としての歴史は、鉄道が開通するよりも前にさかのぼります。
原町田では、古くから定期的に市場が開かれていました。
特に有名なのが「二・六の市(にろくのいち)」です。
これは、毎月2と6のつく日に開かれていた市で、農産物や生活用品など、さまざまな商品が取引されていました。
もともとは「二の市」が開かれていましたが、江戸時代後期には「六の市」も加わり、地域の商業活動がさらに盛んになっていきました。
そして明治時代には、絹の道を通じて横浜方面から運ばれてきた商品なども取引されるようになります。
こうした市場の存在が、現在の原町田商店街の原点になったとされています。
つまり、今の町田駅周辺のにぎわいは、突然生まれたものではありません。
長年にわたり商業が発展してきた歴史が、現在の街にも受け継がれているのです。
4.町田駅は昔「原町田駅」という名前だった!
町田市の発展に大きな影響を与えたのが、鉄道の開通です。
1908年(明治41年)、現在のJR横浜線につながる横浜鉄道が開通しました。
このとき誕生した駅が「原町田駅」です。
現在のJR町田駅の前身にあたります。
鉄道が開通したことで、横浜や八王子方面との交通が便利になり、町田の街は新たな時代を迎えます。
さらに1927年(昭和2年)には、小田急線が開通しました。
このとき設置された駅の名前は「新原町田駅」でした。
実は、現在のJR町田駅と小田急町田駅は、昔から同じ場所にあったわけではありません。
当時の国鉄原町田駅は、現在よりも小田急線の駅から離れた場所にありました。
その後、1980年に国鉄の駅が小田急線側へ移転し、駅名も「町田駅」に変更されました。
この移転と駅周辺の再開発により、鉄道の乗り換えや買い物の利便性が向上しました。
普段何気なく利用している町田駅にも、こうした変化の歴史があるのです。
5.町田市が誕生したのは1958年
現在の町田市が誕生したのは、1958年(昭和33年)のことです。
それまでの町田町・鶴川村・忠生村・堺村が合併し、町田市が誕生しました。
実は、町田市という自治体の歴史は、江戸時代から続く商業の歴史と比べると、それほど古いものではありません。
町田市が誕生した後、街はさらに大きく変化していきます。
特に1960年代から1970年代にかけては、首都圏の人口増加を背景に住宅地の開発が進みました。
大規模な団地や新しい住宅街が整備され、町田市の人口も急速に増加していきます。
それまで農地や山林が広がっていた場所にも住宅が建ち、多くの家族が暮らす街へと発展していきました。
6.町田市に住宅街が多い理由とは?
町田市には、本町田・玉川学園・成瀬台・鶴川・小山田など、さまざまな住宅地があります。
こうした住宅地の形成には、戦後の高度経済成長期における宅地開発が深く関係しています。
東京都心への通勤需要が高まる中、鉄道で都心へアクセスできる町田市は、住宅地としても発展していきました。
また、町田市には丘陵地や起伏のある地形が多く残されています。
これは町田市の街並みを特徴づける要素の一つです。
坂道の多い住宅街や、高低差のある土地などは、町田市で不動産を探す際にもよく見られます。
住宅地として整備された時期や地形によって、道路の幅員、土地の形状、周辺環境などにも違いがあります。
そのため、町田市で住宅を購入する際には、単純に駅からの距離だけではなく、実際の道路状況や高低差、生活環境などを確認することが大切です。
街の歴史を知ることは、不動産選びにも役立つのです。
7.町田市は「東京と神奈川の両方の魅力」を持つ街
町田市の大きな特徴は、東京都でありながら神奈川県との結びつきも強いことです。
町田駅には小田急線とJR横浜線が乗り入れており、新宿方面だけでなく、横浜方面への移動にも便利な立地となっています。
また、市内には東急田園都市線や京王相模原線の駅もあり、住むエリアによって利用できる交通手段が異なります。
町田駅周辺には商業施設が集まる一方、駅から少し離れると落ち着いた戸建て住宅街や自然豊かな地域も広がっています。
こうした多様な住環境も、町田市ならではの魅力といえるでしょう。
昔は絹の道を通じて八王子と横浜を結ぶ商業の拠点として栄え、現在は東京都心や神奈川県方面への交通アクセスを備えた住宅都市へと発展しました。
時代によって街の役割は変化してきましたが、人と人、地域と地域を結ぶ場所であることは、昔から変わっていないのかもしれません。
まとめ|町田市の歴史を知ると街の見方が変わる!
今回は、町田市の知られざる歴史について解説しました。
町田市は、かつて神奈川県に属していた地域であり、1893年に東京府へ移管されたという歴史があります。
また、絹の道や二・六の市によって商業が発展し、鉄道の開通や戦後の住宅地開発を経て、現在の街並みが形成されてきました。
普段利用している町田駅や、何気なく歩いている商店街にも、長い歴史が隠されています。
町田市にお住まいの方も、これから町田市への引っ越しを検討されている方も、ぜひ街の歴史に目を向けてみてはいかがでしょうか。
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